どの話はさておき。わたくしの家庭において『家族愛』なるものがとても希薄なものであった事は否定しようもない事だと思うのでございます。そして、本当の家庭にて『家族愛』が得られないとした時、人はどうするかと言えば『疑似家族』なる世界を見つけそこに「癒し」や「愛」を求めてしまう、そう思うのでございます。まさに、『冬の運動会』的世界。。。わたくしの父にも、そのような空間があったのでしょうか。いつか、聞いてみたいと思うのでございます。
なんと言っても、わたくしが小学〜中学生の頃に起きた、親父の本棚にあった本が処分されてしまった件について、確認したいのでございます。具体的にどういう事かと言うと、わたくしが小学6年生の頃、たまたま親父の本棚にて「斜陽/太宰治」(それも旧仮名遣い)を見つけ、もの凄く面白くて何度も何度も読み返していたのでございます。それが、ある日その本やほかの文芸書がごっそりなくなっていて、親父になにげなく聞くと、母親からわたくしの勉強の邪魔になると言われ捨てた!と。やれやれですよ。まったく。そんな事されて誰が喜ぶとでも思っているのでしょうか。。。。。